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25 Nov 2021

変化する時代の中で「おいしさ」を表現し続けるために。フォトグラファー・シネマトグラファー梶賀康宏インタビュー。

食の撮影に特化した撮影チーム『hue』に所属し、いち早くシズル動画に取り組み経験を積んできたフォトグラファー・シネマトグラファーの梶賀康宏。キャリア10年目を迎える今、改めて手掛けてきた事例を振り返りながら、今までのこと、そしてこれからのことについて。



――― 最新のリールは圧巻のシズル撮影ですね。

ちょうど入社して10年目を迎えるので、こうして新しくリールとしてまとめることができてよかったです。改めて見ていると一つ一つに、「この表現には苦労したな」とか「大変だったけど撮れてよかった」とか、自分なりの思い入れが出てきますね。客観的なバランスでリールを作りたかったので他の方に編集してもらいましたが、もし自分で編集するとなるとついつい苦労した部分ばかり選んでしまいそうです。



独学で勉強せざるを得なかった環境



――― シズル動画を撮り始めたきっかけを聞かせてください。

もともと撮っていた僕の写真が、動きのある画が多かったので、フィットするだろうなと感じたことが一つあります。hueの先輩フォトグラファーがたくさんいる中で、「自分らしい」食のシズル表現ってなんだろうと悩んでいた時に、たまたま手にとったのが漫画の『中華一番』(講談社)でした。息抜きのつもりで読んでいたら、麺が“グゥォン!”としなるシーンを見て、これだ!と。


それから漫画のようにデフォルメされた、ちょっと大げさなシズル感を撮影するようになりました。

同時にグラフィックのカメラマンもムービーを撮ることが増えている時期でもあったことと、ちょうど「RED EPIC」が社内機材として導入されたので、ことあるごとにそれを使って動画作品を撮影するようになりました。




――― どういった環境で動画を学んできたんですか?

ちょっと前までは社内に動画(機材)に関して相談できる部署がなく、独学せざるを得ない状況でした。そんな時に縁あってシズルディレクターの細井威良さんの現場を何度が見学させてもらったことがありました。僕がジュニアフォトグラファーになったばかりの頃です。

当時はすべてが新鮮で、照明部、撮影部、仕掛け屋、それぞれがどんな機材をどんな風に動かしているのか、細井さんの後ろから必死に見ていました。当然わからない事だらけだし、動画機材は海外製品が多いので「Chapman」とか機材に書かれた名前っぽいものを必死にメモして、帰宅してからひたすら調べる。その繰り返しでしたね。

「この機材を使っていたのはなんでだろう」とか「一日どれくらいの予算で使えるんだろう」と自分なりに考えていました。

もともと工業高校出身で機材や工具が好きだったこともあり、機材リストをひたすら眺めることは苦じゃなかったんです。むしろ楽しかった。今、ちゃんとした見積りが自分で作れるようになったのはこの時の経験が活かされていると思います。


あの時の失敗が引き出しになっている



――― 機材リストでスペックを調べることと、実際に使ってみることに感覚の違いはありませんでしたか?

その違いはあります。使ってみた感覚も違うし、機材と機材の相性や、オペレーションの問題もある。

例えば「キレイな画を撮るためには高スペックなカメラがいい」と考えるかも知れませんが、実際は現場の人数で扱えるかどうか、次のセットチェンジに間に合うか。全方位でそれが「ベストな機材」なのかを考えておかないと機能しません。


自分のレベルや撮影の状況にあった機材を選べるようになるためには、実際に場数をこなして様々な機材を使ってみることが何より大切でした。今だから言えますが、自分のギャラが多少減ってでも試してみたい機材を発注していました。最初の頃はそうでもしないと機材を使う感覚は身に付かないなと思います。




――― 経験値をあげるためにいろんなチャレンジがあったんですね。

山ほど失敗をしてきて、それが今、一つ一つ”引き出し”になっています。最初の頃は、毎回が綱渡りです。何度も綱から落ちて痛い思いをしました。

例えば、デジタルシネマカメラは現場で最終イメージに近いLUTを設定し、簡易的に色変換させて表示させます。それは本来DITの領域なんですが、機材を借りて全部自分でやろうとして現場でいっぱいいっぱいになったり。

機材費を節約しようとして、オペレーションが複雑になることもありました。

ハウススタジオでセットチェンジするたびに、ぐちゃぐちゃになる配線をほどきながら、「ワイヤレスのモニター借りておけばよかったな~」とか。


※LUT・・・(Lookup Table)動画の色調を調整できるプリセット。
※DIT・・・(Digital Imaging Technician/デジタル・イメージング・テクニシャン)
デジタル映像の管理から編集まで幅広い業務を請け負う専門スタッフ。



ようやく“一段階うえに上がれた”と実感


――― 何か自分の中でターニングポイントになった案件はありますか?

正直なところ明確にはないです。でも最近になってようやく「うまくまわせるようになったな」と自分でも実感します。例えば打合せで「こんな画にしたいけどどうしたら撮れますか?」と聞かれることが多い。それに対して、この機材と仕掛け、カメラはこのスペックが必要で、と正確に説明できるようになった。

シズル撮影は現場でパっと思いついて「撮影してみよう」という事はないので、事前の準備や打合せをいかに正確に詰められるかどうかで決まります。あとはどれくらいの予算で実現可能なのかしっかり説明できるように心がけています。

そうやって打合せからスムーズに進められるようになったことが、自分の中でターニングポイントというか、一段階上にあがれた感覚につながっています。綱渡りだった撮影が、ようやく自分で橋がかけられるようになった感じでしょうか。




――― 仕掛けに関して印象的だった撮影はありますか?

西友のCMで仕掛け屋のhy-phenの木原義明さんとご一緒させてもらった案件です。

撮影では、鯛が2尾跳ね上がる画をロボットアームにカメラを搭載して撮影したり。水槽にオレンジが投げ込まれるシーンでは、オレンジ一個一個を細長い布にぐるぐる巻いて回転をかけて投げ込んだり。あがりの画からは現場の大変さが伝わらないかもしれないけれど、木原さんの知識や技術、プロの仕事っぷりに衝撃をうけた案件でした。

※仕掛け屋・・・映像制作において特殊効果やモーションコントロールなど装置を制作し操作する専門スタッフ。

フォトグラファーになりたての頃は予算のない案件が多くて、モーターを調べて回転台を自作することもありました。でもシズル撮影ってマクロの世界なのでちょっとした振動でも画に大きく影響してしまう。速度や動作を微調整できないと使い物にならないんです。そういう経験があったので仕掛け屋が入る案件は勉強になるし、刺激をもらっています。

第一線で活躍されている仕掛けの専門家、リバティハウス、GIVS、ループ工房の佐藤豪さんとも案件をご一緒させていただきました。皆さんそれぞれの得意分野を活かしていただくことで、いつも素晴らしい経験をさせていただいています。

――― シズル動画の現場において大事にしていることはありますか?

現場でのコミュニケーションです。シズル動画ってチームワークが大事なんですよ。撮影部、照明部、フード、仕掛け屋と関わる人数も多いので、すべてのチームの動きが完璧に一致して初めて、ひとつのカットが動的に成立するんです。


ファミリーマートのCM撮影では、イチゴのトンネルを「虫の目レンズ」といわれる筒状の長い特殊レンズを使ってカメラがひいていく画があるんですが「撮影部はこう動きますが、照明はどう動きますか」と確認し合わないと撮影できない。カメラの動き、水、イチゴ、さらにイチゴのトンネルは回転もしているので、この4つの要素のタイミングが完全にあわないと画にならないんです。何時間もかけて撮影したのですが、チームワークの大切さを改めて感じました。

あともう一つ心がけているのは現場で大きな声を出すことですね。

カメラマンはどちらかというと、まとめ役。大きな声を出して現場の雰囲気を作っていく役割だと思っています。そうしないとスタジオの空気が締まらない。僕は普段そんなに声は大きくないので、隣にいるフードさんにびっくりされたりしますが。



何十通りものシミュレーションが解決策を生み出す



リンガーハットでの撮影では、真俯瞰から具材が落ちていく撮影をしました。

絵コンテを見ると「両手で具材を持ってバラバラっと落とせば撮れるのでは?」と思われるかもしれませんが、実際の撮影ではレンズの左右にすれすれの位置でベルトコンベアーを設置して、具材が順番に落ちるようにしています。


なぜベルトコンベアーかというと、手で持てる量には限界があるので、具材が“落ち続ける”状態にならない。例えばこれがチョコチップみたいな、どの粒も同じ形のものであれば両手ですくって落とすこともできるのですが、野菜などの具材は目立たせたいものや、見せたい角度がある。加えて湿っている食材だと手にくっついてしまうし、乾燥していると早く手から離れてしまう。そういう細かいスピードの違いも画に影響してきます。より美味しさを伝える画を撮るには、具材をうまくコントロールできる仕掛けが必須でした。

企画が進むなかで、早い段階で撮る側がシミュレーションして解決策を持っておかないと絵コンテや企画そのものを具現化できないと思います。




自分が若手の頃は引き出しも少なく、今もまだまだ充分じゃないんですけど...その分、事前に“最悪なこと”を何十通りも考えます。

それこそ前日までに何バリエーションもシュミレーションしておけば現場で何か起こった時に、スムーズにアシスタントに指示が出せるし、想定外のことを言われても現場であたふたしなくて済む。

現場で慌てている姿って実は結構、周りに見られているものです。そうならない様に思いつく限りの予測を立てる事を大切にしています。でも考えすぎてたまに寝られない日もありますね。


――― 寝られない日があるくらい大変なのに、何が梶賀さんの気持ちを駆り立てるんですか?

「駆り立てる」とかじゃないんですよ(笑)。

もう目の前の案件を成功させようとしてそれで必死、という感じです。そうやって一件一件、撮影に向かい合ってきただけです。



今、あえて原点を学ぶ理由。



――― PhantomやREDでの撮影が多いですが、今後注目している機材はありますか?

アメリカでドローンやジンバルの設計、製造をしているメーカー『Freefly』から、1000コマ撮れるコンパクトなハイスピードカメラ『wave』が出たので今度使ってみたいと思っています。もともとドローンに搭載するカメラなので画質はファントムより劣ると思うんですが、センサーのサイズが大きいので普通のカメラと同じ画角で撮れる。コンパクトなカメラがあると表現に幅が出そうで楽しみです。



――― 梶賀さんが考える究極のシズル撮影とは、どんなイメージですか?

3Dとのコラボレーションに興味があります。

今、実案件の場合は最初の段階で、実写にするのか、CGにするのかと対極になることが多いですが、シズル撮影の中にうまくCGを取り入れている『360FX』というイタリアの制作会社があります。リールを見ているとシズル撮影の中で、表現しきれない部分をCGで補っていて、こういう事例を見ると撮影チームのすぐ隣にCGの制作チームがいる制作環境は刺激的だろうなぁと憧れます。

社内にも『KEEEN』という液体表現やエフェクトが得意なCG専門チームがいるのでいつかコラボレーションしてみたいです。

PhantomとロボットアームにCGがあれば、今できるシズル撮影の頂点はここなのかなと思います。




――― 今、興味をもっていること、インプットしていることはありますか?

今は基本に立ち戻って、撮影や動画のことをもう一度勉強しています。

照明やDITの事も含めて、原点に返って基礎を勉強、という感じです。撮影の時に、ふと「いま照明部が何をつめているのかわからない」と思う事があって、知らないままだと何となく気持ち悪い。


勉強、と言っても参考書に載っていることじゃないので、現場で聞けることはなんでも聞いています。例えば「このフィルターって何のために入れてるんですか?」とか。熱を逃がすためのフィルターだったり、色を付けるフィルターだったり。現場で起こっていることを正確に把握したい。そうして積み上げていった先には、メディアやプラットフォームが変わっても、しっかり「美味しさ」を表現できる場があると考えています。

知識をアップデートして常にシズル表現の先端のほうには、身をおいていたいですね。


近影撮影:佐藤万智弥

梶賀康宏

Yasuhiro Kajika/1984年宮城県生まれ。2011年株式会社ヒュー(現、株式会社アマナフォトグラフィ)に入社。独特の躍動感あるマンガ的表現に定評がある。「時代とは逆行しますけど、「もっと大きいセットで撮影してみたい」という気持ちも正直、あります。それこそ細井さんの現場で見せてもらったすごい仕掛けで、これでもか、というくらい大がかりな撮影も経験してみたいですね」

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